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祖谷での生活を創り出し共有するための拠点、
"LIFE SHARE COTTAGE"


"なこち" は、徳島県三好市東祖谷落合にある民家と畑、及びその運営管理を行なっている任意団体です。なこちの家屋はおよそ1年弱のあいだ空家となっていましたが、現在、地元祖谷出身者 [大倉] と祖谷への居住者 [稲盛] の2名の管理人の手で、祖谷での生活を創り出し共有するための拠点、 "LIFE SHARE COTTAGE" としてリノベーション中です。

また、なこち敷地内の耕作放棄地を開墾して様々な農作物を育てたり、移住を希望する方を対象としたガイドなどを行なっています。"なこち" という名前は、この家の元々の屋号が "なこち" (意味は不明) であったことから、そのまま使っていくことに決めました。





ごあいさつ


"なこち" 管理人の稲盛と申します。ここでは、私たちがなこちを始めたきっかけ、考え方、その他もろもろに関して綴っていきたいと思います。普段はあまり大真面目なことや、一方的な思考を語ることはあまり好きではないですが、ここでは決意表明の姿勢を示すため、大いに語らせて頂こうと思います。


祖谷という場所での生活について


なこちのある "祖谷" という場所はどのような場所か?四国のほぼ中央、四方を険しい山々に囲まれていることで昔から交通の難所であり、他地域から隔絶されていた祖谷は、他地域から見ればある種おとぎ話の世界のような土地でした。今でも俗に日本三大秘境の一つと言われており、かずら橋や美しく非常に深い渓谷を始めとした観光資源がある反面、この土地で生活を営んでいくことには多くの困難があると思われているようです。

私は2011年11月に東京から祖谷に移住してきました。そして、それからの祖谷での生活を通じて、はっきりと分かってきたことがあります。それは、祖谷での生活は祖谷に住む者が考えるべきこと、また、あたり前のことですが、祖谷に住むことでしか実践できないということです。もう一歩踏み込んだ表現をすると、祖谷に一時的に訪れる観光客や、たとえ祖谷で商売を営む方や地元自治体の方であっても、"祖谷在住ではない" 人に頼ったりせず、この地に生活していく意志のある者が皆で主体的に考え、動いていかなければならないということです。


地域生活者だけが地域の生活を描くことができる


これらのことは、私が祖谷に移住してから数多く見てきた四国内の他の地域、いわゆる田舎でも同様に感じたことです。その地域に住む者、つまり地域内生活者が主体ではないまちおこし(この言葉は好きではないが)等の活動は絶対にうまくいかないと思います。そして、その地域に本来の意味での幸福をもたらさない。それは、地域の生活実践者、つまりは地域の当事者以外の者が、仮にその方向性が誤っていたとしても、その地域の行く末の舵取りなど本気でできるわけがなく、単なるエゴの取り組みと化してしまうからです。

そして、その担い手を他の地域から招聘して行なうことも間違っていると思います。結局のところ、人が同時に住める場所は1つの場所でしかないのです。生活とは、それぞれの場所で毎日続いていくストーリーだと思います。そのシナリオは、その場所で生き続けていく者にしか描けないのは当然です。


祖谷での生活を "祖谷に住む" ことにより創り出す


"なこち" はもしかしたら、ある種の実証実験の場なのかもしれません。それは、この祖谷という場所で、一人ひとりが相互に依存し合い、自然環境も含めたその生態系(※1)の一員となって生活していくことができる筈だということを実証するフィールドという意味においてです。

なこちのある徳島県三好市東祖谷地域の人口は、1950年代には9,000人近くを数えましたが、2013年時点では1,600人を割り込見むまでに激減しています。そして、こうした過疎地域を語る際にうんざりするほど言われるように、高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)は非常に高く、約半数にまで達しています。そしてもちろん、このままでは流入人口が増える見込みはほぼゼロです。

では、この現実を踏まえると、これから先10年、20年後、祖谷の姿はどのようになっていくでしょうか?少し想像すれば答えは簡単です。当然ですが、多くの方々がこの世を去ることになります。最悪の場合、残された人だけでの生活自体が残っていないという可能性すらあります。私たちはもちろん祖谷という場所に愛着を持っていて、自分たちが祖谷での生活を続けたいということがなこちを始める理由の1つにはなっていますが、最も大きな理由ではありません。他の地域に転居して生活する方が、いいこともたくさんあると考えています。また、より多くの収入を得たいのであれば、現状ではどう考えても都市部での生活を選んだほうが得策だということは自明だと思います。

それでも私たちは、祖谷での生活が成り立つということを実証し、祖谷だけではなく日本中に無数にある多くの過疎地域でも生活をしていくことが可能であるということを確信していて、このことを多くの人に認知して頂きたくなこちを始めたのです。


どうやって生活するか


祖谷はもともと昭和初期から林業や養蚕業、そして一大産業だった葉たばこ生産で生計を成しましたが、高度成長期以降はこれといった大きな産業は育たず、経済的には衰退の一途を辿っています。人口減少の絶対的な流れも、もはや誰にも止めることはできません。また、非現実的で考えたくもない話ですが、広い祖谷地域の森林を伐採しまくったとしても、地形的に急な崖地がほとんどの祖谷では、そもそも人が住むための居住可能区域は殆ど増えません。

では、だからといって祖谷での生活を創り出すのに、新しい産業を作ることや、人口の大流入を促すことが不可欠なのでしょうか? なこちではそうは考えません。それができるのであればそれに越したことはありませんが、祖谷の絶対的な地理的立地条件やマンパワーの不足で、むしろ永久に不可能ではないかとすら考えています。"祖谷に新しい産業を!" 、"より多くの観光客を!" 、こうしたスローガンをこれまで聞き飽きるほど長い間掲げ、多くの資金を使い、四苦八苦して取り組んできたことが、もはや祖谷での生活を創り出す根本的な方向性ではなくなっているのではないでしょうか。

幸いなことに、現在仕事は場所を選ばなくなりつつあります。(もちろん、必ず都市部でないと成立しない仕事もあります)むしろ、都市部ではなく、祖谷のような環境の土地の方がやりやすくなっている仕事も増えてきていると思います。その要因として、IT環境の整備が云々、競争の少ない地方での地域資源の掘り起こしが云々など、色々あると思いますがここでは触れません。要は、この地での生活を創るために "仕事を作る" のではなく、"仕事場を移動させる" ことを目指すのです。祖谷での生活を支えるの基盤としての仕事のあり方を、なこちではこのように考えます。


"シェア集落" の一員となり、集落の生活を共有する


祖谷で生活していると、まずは生活そのもの、そして生活することの中に仕事があることがよく実感されます。まず生活を支える基本的な物事(衣食住に直接的に関わること)をこなした上で、収入を得るための仕事があります。この点が都市部で生活するのとの大きな違いだと思います。

もちろん仕事をして収入を得られなければ生活すること自体破綻しますが、いわゆる仕事を差し置いてでも、ここで生活していく上で必要なことがたくさんあるのです。そしてそれらの多くのことは、仕事で金銭を得る以上に生きていく上での基盤となっています。例えば、生活には必要不可欠な生活用水の管理。祖谷には上水道はなく、生きるために必要な水は各自の力で得なければなりません。多くの場合、各家庭ごとに山中の沢などに水源をつくり、そこに貯めた水を家までホースで引いて利用しています。そして、その水源の管理は自己責任で行われているため、仮に水源に何らかの問題が発生すると、家で水が使用できなくなってしまうのです(※2)。ただし、当然各自で管理を行うので、月々の水道使用料金は発生しません。

そして何よりも、祖谷での生活を最も支えるのが、各集落やご近所などの単位で大昔から行われ培われてきた "みんなで助けあって生活をする" という精神です。かつての茅葺き屋根の時代から、畑仕事や家屋の修繕などは "組" と呼ばれる集落内の数軒単位で集まって行われてきました。今でも "イイ" や "出役" というような言い方で、各家庭での生活のための仕事を皆で集まってしています。言うなれば、集落内の各家庭の生活をみんなでシェアしているのです。こうした意味で、なこちは1棟の家屋で生活をシェアするためのものではなく、集落を構成する1つの生活の場として、集落全体の生活を支える "シェア集落" のうちの1棟となるでしょう。


ただ生活すること


もはや、祖谷での生活を維持するために、体験的に知恵や技術を学んだり、試したりだけしていればよいほどの余裕はありません。とにかく、祖谷での "生活" を実践すること。生活しながら生活することを学び、広げていく。これまで様々な表現で書いてきたように、祖谷での生活は祖谷に住むことでしか実践できないのです。それを実現するきっかけとなる場こそ、なこちが目指すものです。

祖谷で人が生きていくことができる環境を創ること。なこちの思い描くゴールは、ただ祖谷での生活が続いていくことのみです。決して大きなことではないかもしれませんが、とても奥深くとても楽しいことだと思います。むしろ、それだけがあれば、この地では十分に充実した人生を送れる環境があるのです。

なこちでは、祖谷での生活を選び、その一員となって頂ける方をお待ちしています。


※1
四国の山奥、祖谷に今も残る、独特な生活習慣、生物、風景、ヒト。これらは、ここに住まうあらゆる生物の生活を支えるように、依存し合っている存在でもあります。そして、祖谷に住むということは、この生態系に溶け込み、同化することと同義と言えます。

※2
例えば、夏場は大雨によって山中の沢に仕掛けた水源が土砂や落葉で詰まったり、冬場は水源や水路の凍結で断水することがあります。生活というよりも、生命を維持するための根源的な資源でもある水を管理することは、祖谷での生活の中にある日常的な仕事になります。